「自分の得意なことを、得意じゃない人と比べるな」って怒られたことがあって、それはすごく自分のなかに残ってる。
ヘビードリンカーの脳は酢酸を取り込んでどんどん利用している
「Increased brain uptake and oxidation of acetate in heavy drinkers」
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3613911/
あなた個人のミッションは、 「好きなこと」 「得意なこと」 「人のためになること」 の3つが重なる部分に必ず存在します。それが何か、じっくりと考えてください。見つけたら育ててください。そして、ずっとずっと考え続けてください。
嘘つきの話は長い
ワタミ・ブラック企業伝説まとめ - こころ世代のテンノーゲーム (via peperon999)
2011-02-18
(via gkojay)
(via tataraseitetsu)
(Source: petapeta)
(Source: st0rmshad0w.tumblr.com )
先輩社員って、よく「メモを取れ」っていうでしょ。先日、私もついつい、そういうことをいいたくなったんだけど、ふと「話の全体像が見えていない状態でメモを取るのって難しいよな」と思った。
それで、説明をしながら、自分で自分の話のメモを取ってみた。その結果はというと、割と悲惨な感じ。話の粒度も、部分的には作業の順番さえ、バラバラ。自分の説明が、いかにダメなのかがわかった。
「あー、なるほど、教える自分自身が、何を教えたらいいのか、よくわかっていないんだ。話しながら考えているんだ。これじゃあ、聞く方はたいへんだな」つくづく、そう実感した。
男子校で学んだ男は、自分の高校生活を、ガサツで、色気の無い、野蛮きわまりない不毛な3年間だったというふうに振り返ることが多い。が、それでもなお彼らは、その自らのブラックな青春を偏愛しており、自分たちの息子を男子校に入学させようとする。実に不思議なことだ。
私は都立高校の出身者だが、同じ時代の都立高校の人間に共通する、ある特別な感覚を抱いている。すなわち、自分の中にある野放図な性向は、明らかにあの時代の都立高校のあまりにも自由な校風に由来するもので、自分がタガの外れた人間に育ってしまったのは、あの三年間のせいだと考えているわけだ。けれども、それでもなお、われわれは、都立共学校に通底する、放牧場のようなだらしのなさに強烈な愛着を抱いており、だから、私どもは、自分たちの子供をなんとか都立高に入れようとするのである。
女子校を出た女性の態度も興味深い。実際に何人か知っている女子高出身者は、自分たちの出身校である女子校について、「女子をオヤジ化させる環境」というふうに総括している。でもって、長じて後、自分がふつうの若い女のコらしい自然なコケトリーを発揮できずにいるのは、女子校という砂漠環境で生きてきたことの後遺症なのだという感じの自己分析をしていたりする。なるほど。
が、そう思っているにもかかわらず、女子校出身の女子は、卒業後もすこぶる仲が良く、自分が子供を持つ年齢になると、自分の娘たちを、女子校に入れようとするのである。
進学校出身の人間についても言及しておく。
この人たちは、自分たちの高校生活について、あまり率直に語りたがらない。というのも、思っている通りのことをそのまま口にすると、自慢話をしているみたいなことになって、どうかすると世間の反発を買うということを、彼らは、様々な機会を通じて、思い知っているからだ。
だから、彼らの口調は、かなり慎重なものになる。
もう一つ、付言しておかねばならない。私が実際に知っている進学校出身者は、早慶その他の私立大学に進んだ組の人間で、彼らは、進学校の定義からすると落ちこぼれに分類される人間だということだ。
幾人か、医学部や東大に進んだ典型例の知り合いがいないわけでもないのだが、彼らは口が重い。というよりも、私は彼らと、高校時代の話をするまでの仲になったことがない。なので、サンプルが採れない。
そういうわけなので、進学校については、とりあえず、「私が証言を集めた範囲で言えば」という限定付きになるが、彼らは、自らの高校生活を喪失の過程であったというふうに描写している。
「たとえば、サーカスの熊はどうして火の輪をくぐるんだと思う?」
という感じだろうか。
いずれにせよ、麻布開成や筑駒学附といった国立附属校ならびに各地の県立一番手校の出身者は、競争の厳しさと、同級生たちのデキの良さに強い圧力を感じながら高校生活を送った人々だ。大変だったと思う。
ところが、なんということだろう、それでもなお、彼らの高校生活はやっぱり根本のところで楽しかったという感慨に着地するのである。で、当然のことながら、彼らもまた、自分たちの子供を進学校に進ませようとする。結局、高校というのはそういう場所なのだ。
これほんとそうでさー、俺は子供を都立に入れたいし、おくさんは進学校に入れたい。女のほうが強いのでおくさんの方針で行くことになるわけだが。
なーんも受験勉強しないでも都立なら普通にいい学校に入れていい教育受けられるのに、なにが悲しゅうて小学生のうちから受験勉強とかせにゃならんのよ。そんなんしてたら本読んだりマンガ読んだりする時間が無くなっちゃうじゃん。十分大量の本もマンガも読まず勉強、とか、馬鹿養成コースかと。
今んとこおくさんも妥協して、塾は行かない、家で勉強、という風にはなってるが。。
(via odakin)「ネットでは怖い人だけど会ったらイイ人だった」って聞くけど、ネットのほうが本性に近いに決まってんだろ……と思う。
Twitter / d_d_osorezan (via ag107)
2013/6/13
4月からドローイングのクラスに通っている。
鉛筆はともかく、絵の具でマジメに絵を描くのは高校卒業以来かもしれない。
普段デジタルで彩色しているので、絵の具と筆の扱いに四苦八苦。
毎週ヘタクソな絵を描いて落ち込みながらも、新しいことに挑戦しているのだから仕方ないよと自分をなぐさめています。
(Source: denofopulence)
「決断は軽く、面白そうだと思う方へ」
僕が話を聞く時に、絶対にやらないようにしていることが一つあります。それは相手の話をまとめないこと。相手は一所懸命にしゃべろうとしているけど、言いたい内容にふさわしい言葉がなかなか出てこなくて、ああでもないこうでもないと話が行きつ戻りつしている。それを、利口な人はまとめようとするんですね。
「要するに、あなたの言いたいことはこれでしょう」と。
物の与え方は、与える物それ自体よりも大切である。
ピエール・コルネーユ (via yukasi)